僕が浜崎さんと同年代で、時代を僕がどうやって生きて来たか振り返ってみることができる。僕は読書家でもないし、絵描きとして勘や感覚で生きて来たのだが、何でそうなって来たのか、今現在に至っているのか教えてくれたような気がする。
田舎者の僕は福島市から東京に出てきて、漠然と絵描きか詩人になりたかったぼんやりした僕は、バイトしながら夜間の明治大学の第二文学部フランス文学科に入学、卒論はジョルジュ・バタイユだった(理解も出来ず訳分からなかった…担当教授に何言いたいのか解らんとか言われたが卒業させてくれた(-_-;))。絵も全日本油絵コンクールに金賞を取ったり、詩もユリイカの解放区に載ったりしたが、好きなので回り道をしてもいずれはやるだろうと2つともやめた。
ぼんやりの僕はバイト先の友人に誘われアングラ芝居を観漁り、一人で映画を観漁り、流行のポストモダンの本を読み、栗本慎一郎(経済人類学)の授業や合宿に潜り込んだり(齋藤君はもっと論理構成力を付けなさいって言われた(>_<))、中村雄二郎(ケルゼンの法哲学)や入沢康夫(詩人ネルヴァル・宮沢賢治研究)の授業を取り、吉本隆明や柄谷行人や河合隼雄の本を読んだり講演に行ったり…不勉強は自分だと思い込み、訳も分からなくウロウロしていた(-。-)y-゜゜゜
これまたバイト先の友人と仲良くなり、成城学園の彼の家に居候させてくれた。お金持ち4代目の御坊っちゃんで、3代目のお父ちゃんが真光から真如苑に入っていて友人も真如苑の信者になっていた。友人の家庭は崩壊状態であったが、気楽に居候させてくれた、感謝してます。隣の隣は石原裕次郎宅(その前が黒沢組の千秋実宅)で丁度亡くなってお葬式をやった頃でした。
僕の宗教観は頭でしか理解してないと言うから、そんなものなのかぁ…と思い、フィールドワークのつもりで立川の本部へ連れて行って貰い¥3,000の入信セットを買い入信するのだが(開祖伊藤真乗が生きてた頃で本部の集会で目撃、自ら彫ったという巨大な涅槃像も目撃したのでした)…やっぱり合わなかった。もっと覗いてやろうとその当時流行っていた新興宗教をフィールドワーク。キリスト教系の世界救世教、モルモン教、エホバの証人(ものみの塔)・大衆仏教系の創価学会・神道系の神司秀明会…なんか集金システムなどみんな同じカラクリで僕には合わない。左から右まで同じことを言ったり、解らないと上の人に聞いてみますなんて…自分の言葉で語らないのは歯痒いのであります。
暫くして麻原彰晃のオーム真理教が出てきて、ガンダムの映画に列をなすお客が並ぶ東口の反対側、新宿西口で選挙活動してたり、朝まで生テレビなんかに出演していた。ぼくの宗教ウロウロは、ただ麻原たちになんだかなぁ…胡散臭さを感じるばかりなのでした。そんな宗教ウロウロもしていたのでした。
浜崎洋介さんがそれらウロウロをこういうことなんだよって、今の自分の現在を明確に示してくれていることに感謝。近代やグローバルに違和感を持つ感じの正体はこれなんだっていうことにも共感するのでした。
【参考動画】
■「福田和也は何を見抜いていたのか?『失われた30年』の原点」(文芸評論家・富岡幸一郎)












