2022年12月10日土曜日

教科書には無いDNA解析で分かった古代日本人の起源〜後半〜|茂木誠

DNA鑑定は1980年代から正確に判るようになった。そしてX染色体は母方、Y染色体は父方の過去を辿れる。
縄文人は直接アフリカと繋がっているようで、つまり縄文人のY染色体はアフリカの古いY染色体を残しているのだ。チベット人にもその古いY染色体が残っている~高地なので侵略から逃れられたようだ。たぶんネイティブアメリカンの人たちもそうではないだろうか。縄文人のY染色体が残ってる民族って、なんか野蛮な民族にやられる人たちって感じ。

父方のY染色体というのは男の行動原理に由来するようだ。例えば、ユーラシア大陸の平原のY染色体は、チンギス・ハーンが戦争で色んな所を征服した結果、チンギス・ハーンのY染色体が広がる。世界を支配しようとする男たちがその地域の女たちを支配するので、Y染色体が支配地域に残り広がる寸法である。 Y染色体から言うと、チンギス・ハーンが源義経説ってのは、やっぱり無理があるのかなぁ…?【追加資料】田中英道「なぜジンギス・カンは源義経か」日本国史学会 連続講義 令和4年8月6日 日本経済大学(2022/08/06)


しかし、日本には縄文人のY染色体が残り続けている…てことは、大陸から入ってきた渡来系弥生人と仲良く混血したってことが解り、日本人は平和的に交流した民族ってことが、DNA鑑定で解ってきた。「和を以て貴しとなす」って、縄文時代からなのだ。今までも骨から縄文人と渡来弥生人の戦争の痕跡はなかったのだが、DNA鑑定でもそれが裏付けられたことになる。
氷河期には海底が今より140mも低かったので、中国大陸と日本は繋がっており(今の東シナ海は広大な平原だった)、やがて氷河期が終わり大陸棚が海に沈んでいくに伴って日本列島にやってきた縄文人たち。X染色体の僕たちのお母さん達はそんな感じでやって来たようだ。そしてその畑作狩猟の縄文人が山に住み、後にやって来た稲作の弥生人は平野に住み、互いに平和的に交流していた…という訳なのだねぇ。※因みにアイヌはシベリアの方から11世紀平安時代に北海道に移住してきた人たちで、先住民族ではない。それを踏まえて仲良くすることは大事だが、先住民族だって言って、利用する人たちがいることには気を付けなければならない。
【追加資料】
日本人はどこからやって来たのか?【真・日本の歴史】

【参考資料】
教科書には無いDNA解析で分かった古代日本人の起源〜前半|茂木誠
学校では教えない意識から見る古代日本人の起源|茂木誠 →日本人みんなで健全なナショナリズム、日本人のお互い様っていう助け合いや親切な気持ちを取り戻そうね。

▼三段階渡来説
 日本列島人の形成について斎藤成也さんは、二重構造モデルを修正した三段階渡来説(三重構造モデル)を提案している。
 第一段階は旧石器時代から縄文時代中期に、ユーラシア大陸各地から狩猟採集民が渡来した。
 第二段階は縄文後晩期の渡来人の波。大陸沿岸の漁業を中心とした「海の民」が日本列島に移住した。北部と南部にはほとんど影響がなかった。
 第三段階は弥生時代以降。前半に朝鮮半島を中心に大陸から遺伝的に少し異なる人々が渡来。九州北部に水田稲作をもたらした。後半(古墳時代以降)は引き続き大陸から渡来民が到来し、列島中央部の政治の中心が九州北部から現在の近畿地方に移った。北海道北部にはオホーツク文化人が渡来し、第一段階の渡来人との混血が進みアイヌが形成されたとの説だ。
 第三段階で列島中央部に中心軸が形成され、北陸など周辺部分との「うちなる二重構造」が生じたと考えている。
 
▼ゲノム歴史学
 人間の移動を調べることは、言語のルーツを解明することにもつながる。日本語がいつごろから日本列島で話されるようになったのか、別の言語との系統関係など、日本語と近縁とされる琉球語も合わせ研究が行われている。
 このほか、列島に生息したマウスやオオカミ、イネ、ソバ、ダイコン、サトイモ、ウルシなどの動植物についても、ゲノム配列を調べることで起源の解明が進められている。
 プロジェクトが始まり4年目となり、それぞれの担当分野ごとに研究成果の発表が出始めている。「データ解析が追い付かず論文になるまで時間がかかるものもあるが、これからいろんな成果が出てくる」と斎藤さん。最終的には、これら一連の研究から「ゲノム歴史学」の確立を目標に据えている。

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